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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)2475号 判決

原告 陳明峯

被告 永長佐京

主文

一、被告は、原告に対し、別紙目録(一)〈省略〉記載の宅地につき、被告のためになされた、別紙目録(二)〈省略〉の(ロ)記載の仮登記の抹消登記手続をせよ。

二、原告その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、二分して、其の一を原告の負担、其の一を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、

一、被告は、原告に対し、別紙目録(一)の土地につきなされた、別紙目録(二)の(イ)(ロ)の各登記の抹消登記手続をせよ、

二、訴訟費用は被告の負担とする、

との判決を求め、請求原因として次の通り述べた。

一、別紙目録(一)の土地(以下本件土地という)は、原告の所有である。

二、本件土地について、被告のため、別紙目録(二)の(イ)、(ロ)、の各登記(以下本件(イ)(ロ)の登記という)が存する。

三、しかし、右各登記は、有効なる登記原因を欠き、無効のものであるから、原告は、被告に対し、本件土地所有権に基き、これが抹消登記手続を請求する。

四、(被告主張に対し)、

一、被告の答弁二、は援用する。

二、被告の抗弁三、の(一)の内、訴外会社が本件土地の原告の承継前所有者であること、訴外会社の商号変更が被告の主張通りであることを認め、その余は否認する。

被告の抗弁三、の(二)の(1) 、(2) 、(3) は否認する。

同三、の(三)の(1) (2) (3) の内、本件土地に、本件(イ)の登記のなされていることを認め、その余は否認する。

被告の抗弁三、の(四)は否認する。

同三、の(五)の冒頭事実は認める。

同三、の(五)の、(1) 、(2) 、(4) は否認する

同三、の五の(3) の内、須藤に関する点を除き、その余は否認する

五、被告は訴外会社に金員貸付をなさんとするにあたり、既に、訴外会社が取締役田島一郎、同近藤信子、同須藤孝子の共同代表制であることを知つていたものである。

而も田島は、訴外会社の一時期の取締役にすぎず、訴外会社が田島の個人会社のごとくであるとか、独裁であるという事実は存しない。

而して、少くも取締役近藤信子は、被告主張の契約、登記に関与したることなく、又その点につき、田島一郎が訴外会社を代表するについて明示、黙示に承認を与えたことはない。

原告としては、本件(イ)の登記の原因となる契約は、昭和二十八年十一月十三日作成の公正証書(甲第八号証)にもとずくものと考えるが、右公正証書作成にあたつては、近藤信子は不出席であるにかゝわらず、同人不知の間に、訴外小野山樹子が、全く無権限に、近藤信子になりすまして、公正証書に署名押印している。

六、(再抗弁)、

仮に本件(イ)(ロ)の各登記原因が有効に成立しているとしても、

(一)  被告は、本件(ロ)の仮登記原因たる代物弁済を選択し、訴外会社に対し、昭和二十九年八月二十三日附、翌二十四日到達の書面を以て、代物弁済による所有権取得の意思表示をした。

右意思表示により、被告は本件根抵当権を放棄したか、本件根抵当権は右選択権行使により消滅したかである。

そうでないとしても、一旦所有権取得の主張をしつつ、その訴訟につき敗訴確定するや、再び根抵当権を主張するは禁反言の原則により許されない。

(二)  本件根抵当権の被担保債権は時効消滅し、以て根抵当権も消滅している。

本件(イ)の登記の登記原因は手形割引根抵当権設定契約なるところ、被告の被担保債権は、被告の割引にかゝる

(1)  額面金百万円、満期昭和二九年一月二十五日の約束手形の償還請求権(乙第十二号証の一、二)

(2)  額面金二百万円、満期昭和二九年一月二八日の約束手形の償還請求権(乙第十三号証の一、二)

(3)  額面金二百万円、満期昭和二九年二月六日の約束手形の償還請求権(乙第十四号証の一、二)、

にして、いずれも、満期から一年の経過により時効消滅しているものである。

尚登記上は、民事債権なる旨の記載はないから、被告は原告に対し、その旨の主張を以て対抗できないものである。

被告訴訟代理人は、

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求め、答弁として次の通り述べた。

一、請求原因、一、二の事実は認め、同三は否認する。

二、(本件(ロ)の仮登記について)

被告は、既に確定した、東京高等裁判所昭和三一年(ネ)第一八八六号事件の判決の関係から、本件(ロ)の登記については、有効なる登記原因の存在につき主張しない。

三、(抗弁)(本件(イ)の根抵当権設定登記について)、

(一)  本件(イ)の登記については、その登記原因通りの契約が、本件土地の、原告の承継前所有者、訴外両国企業株式会社(当時株式会社東京ホテルと称し、昭和二八年十一月二十日現商号に変更)(以下訴外会社という)と、被告間に成立したのである。

(二)(1)  昭和二八年十月二十二日、被告と訴外会社(債務者兼担保提供者)との間に、極度額金五百万円、契約期間四カ月、利息日歩二〇銭とする当時訴外会社所有の本件土地に対する根抵当権設定契約が成立した。

(2)  訴外会社は、本件土地上に映画館を建築経営することを企てその資金を得る目的で、昭和二八年十月初頃、訴外会社代表取締役田島一郎は被告に対し再三金借を申入れ、昭和二八年十月二十二日契約書二通(甲第九号証、乙第五号証)を作成し、被告と訴外会社間に右根抵当権設定契約が成立した。

(3)  尤も右契約書には、借金債務者が両国興業株式会社名義になつているが、同会社は当時設立されていなかつたもので、設立の上は、訴外会社の別会社として映画館の経営に当らせることになつていたので一応便宜的に債務者として名を連ねただけであつて、被告と訴外会社の真意では借主は訴外会社であり、その旨の契約が成立したものである。

(三)  仮に前項の根抵当権設定契約の成立が認められないとすれば、

(1)  昭和二八年十月二十九日、被告と訴外会社(債務者兼担保提供者)間に、債権限度額金五百万円、契約期間四ケ月拾日、利息年壱割弐分、遅延損害金日歩二〇銭等本件(イ)の登記原因記載内容通りの根抵当権設定契約が確定的に成立した。

(2)  即ち昭和二十八年十月二十二日頃、被告は訴外会社に対し、確実な担保の提供があれば、金五百万円を極度として貸付けることを内諾し、本件土地に担保を設定し、登記済証を持参すれば確答することゝした。そして一応前記契約書(甲第九号証、乙第五号証)を作成した。

訴外会社は、右話合の趣旨にそつて、同月二四日頃、被告から登記用委任状の交付をうけ、同月二七日頃司法書士小坂三郎に本件(イ)の根抵当権設定登記申請を委任し、翌二八日本件(イ)の登記を完了した。

(3)  而して訴外会社は、翌二九日本件根抵当権設定登記申請書(登記済記載ある)(乙第二号証)、本件土地の登記済権利証(乙第六号証)を被告に持参したので、本件(イ)の登記の登記原因記載通りの契約に被告は応諾し、契約が確定的に成立したものである。被告は右契約に基き、訴外会社に対し、同日直ちに金百万円、昭和二八年十月三十日金二百万円、同年十一月十一日金二百万円、合計金五百万円を貸与したものである。

(四)  仮に以上の根抵当権設定契約の成立が認められないとしても、訴外会社は、前記映画館建築資金として、或は訴外会社の社屋の修理費として、金五百万円を支出しているから、本件根抵当権設定契約につき黙示の追認がなされたものである。

(五)  訴外会社は当時、田島一郎、須藤孝子、近藤信子の三名が、取締役にして共同して代表すべきものであつた。

(1)  被告は以上の契約、或は追認は、右三名の共同代表行為によるものと主張する。

(2)  仮に右共同代表行為がなされていないとしても、

訴外会社は、田島一郎の支配する個人会社であつて、須藤孝子、近藤信子は、共に田島と特別な関係があつて、万事同人が独裁し、須藤、近藤は事務補助者にすぎなかつた。

共同代表の制度は代表権行使の慎重を期するとともに、相互の牽制によつて代表権の乱用を防止することを目的とする制度であるが、訴外会社は前記のごとき実情にあつて共同代表としての法的評価をうくるに価しない場合である。本件の場合は、共同代表を乱用して取引の安全を害する典型であるから、訴外会社は共同代表制度の保護をうけられず、右契約は違法の点はない。

(3)  仮に訴外会社が名実ともに共同代表の法的評価を受けうるものであるとしても、田島が訴外会社を代表し本件契約をするについて、須藤、近藤は明示又は黙示の承認をしていたものであるから、田島の本件代表行為は有効である。

(4)  仮に以上の通り田島が訴外会社を代表するにつき有権限なりと、認められないとしても、訴外会社は本件根抵当権設定契約につき商法第二六二条により責を負うべきである。即ち、訴外会社は、前記の通り、田島の個人会社のごとき実情にあり、万事同人が独裁し、須藤、近藤は同人と特別な関係にあつて、田島の事務補助者にすぎず、田島の単独代表については暗黙の承認を与え、また外観上も田島が社長として単独の代表権を有しているかのごとき態度で交渉にあたり、かつ代表者として署名捺印にあたつた。

田島が単独の代表権を有していなかつたとは、訴外会社の前記のごとき特殊事情、田島の行動からして何人も知ることができなかつた。よつて商法第二六二条により会社の表見的責任を認めるべきである。

四、(原告の再抗弁に対し)

(一)  (再抗弁(一)につき)、

原告主張のごとき訴訟において、被告が敗訴確定したことを認め、代物弁済による所有権取得の意思表示をした点を除き、その余は否認する。

代物弁済は所有権取得の意思表示の送達によつて直ちに成立するものではなく、その意思表示に基き、目的物件の所有権が登記、その他引渡行為の完了により、第三者に対する関係でも完全に移転して始めて、同一目的物件につき選択的に設定された抵当権が消滅するのであつて、事実上、法律上、代物弁済により所有権が完全に移転しないときは、抵当権も消滅せず依然として存続し、債権担保の機能を発揮する。

又禁反言の主張についても、全く理解に苦しむ。代物弁済による所有権取得の意思表示をしても、契約の不存在又は無効によりその意思表示の効果が生ぜざる場合、被担保債権回収のため抵当権を行使するのは当然である。

(二)  (再抗弁(二)につき)

(1)  本件根抵当権の被担保債権は、手形貸付による貸金債権である。消費貸借上の債権は手形上の債権と併存し、手形上の時効により消滅することはない。

(2)  仮に貸金債権でないとしても、原告は第三取得者であるから、訴外会社に代つて時効を援用することはできない。

(立証)〈省略〉

理由

一、本件土地が原告の所有であること、原告の承継前所有者が訴外会社であること、訴外会社の商号変更が被告主張の通りであること、本件土地につき、被告のために、本件(イ)(ロ)の各登記が存することは、当事者間に争がない。

二、本件(ロ)の仮登記について、被告は、その登記原因の実体的存在について何ら主張をしないものであるから、結局本件(ロ)の仮登記は登記原因を欠くに帰し、被告に対し、これが抹消登記手続を求める原告の本訴請求部分は理由がある。

三、(本件(イ)の根抵当権設定登記について)

(一)、訴外会社が、昭和二十八年当時、取締役田島一郎、同近藤信子、同須藤孝子の共同代表の定めにあつたことは当事者間に争がない。

訴外会社の積極的代表行為は、右取締役三名共同においてなされなければ無効である。

しかし、このことは右共同代表権の行使は、常に、右代表者三名が顕名且つ直接に相手方に対し行為する直接形式によらねばならぬと解すべきではない。

会社の経営態様、取引の個々の具体相に応じ、右共同代表権行使の態様が種々相をとることは当然で、これを否定することは合理的根拠を有しないと解すべく、既に特定の事項につき、共同代表者間において内部的に合意成立し、代表意思の決定されたる場合、その意思を相手方に表示するにつき、共同代表者中の或者にそれが委ねられ、其の担当代表者が、会社の名において既に決定された代表意思を表示する場合、たとえ、他の代表者が顕名されないことがあつても、会社の共同代表行為は、右担当代表者を介して、右間接形式により有効に成立しているものと解せられる。

(二)、そこで、被告主張の契約の成立について審按すると、

(1)  被告は、昭和二八年十月二十二日、被告と、訴外会社間に契約書二通(甲第九号証、乙第五号証)が作成された際、本件(イ)の登記原因に照応する契約が既に成立している旨主張するが、被告本人尋問の結果によれば、被告自身これを否定するところであり、且つ原本の存在及び成立に争のない甲第九号証、成立に争のない乙第五号証、と、本件(イ)の登記原因とを比照すれば、債務者を異にし、且つ契約期間、利息の定めについても若干のくいちがいが存することが認められ、被告の右主張を認め得ない。而して、右認定を覆し、被告主張を支持するに足る証拠は存しないところである。

(2)  成立に争のない甲第五、六号証の各事実摘示部分、甲第八号証、第十号証、第十二号証、甲第十四号証(後記不措信部分を除く)、甲第十五号証(後記不措信部分を除く)、甲第十六号証、乙第二号証、乙第三号証の一乃至四、乙第六号証、乙第七号証の二、乙第八号証、乙第九号証の二、乙第十号証の二、乙第十一号証、及び、鑑定人遠藤恒儀の鑑定結果により真正に成立したと認める乙第十五号証の一、住所、氏名、印影の成立は当事者間に争なく、その余の部分は、右争なき部分から真正に成立したものと認むべき乙第十六号証の一、第十七号証、及び前顕甲第九号証、乙第五号証、並びに、証人西村巌、小野山樹子の各証言、証人須藤孝子、田島一郎(一、二回)の各証言(夫々後記不措信部分を除く)、鑑定人遠藤恒儀の鑑定結果、被告本人尋問の結果を綜合すると、

(イ) 訴外会社の取締役田島一郎は、医師の職を有するものであるが、終戦後の特殊事情から同人所有の建物保全の意味もあり、近藤信子らのすゝめもあつて、田島所有の建物を出資し、ホテル経営を主目的とする訴外会社が設立されたものであること、訴外会社の経営が、田島の意にそわないこと等あつて同人が近藤信子、須藤孝子と共同代表の取締役に就任し、自から訴外会社経営にあたるようになつてからは、田島が経営の実権を掌握し、近藤信子、須藤孝子は、夫々田島と内縁関係或はそれに準ずる特殊な生活関係にあつて、田島の経営に対し事務補助者的地位にあつて協力してきたこと、且つ昭和二十八年頃は、三者共同棲或はそれに準ずる状態にあり、日々意思相通ずる状態にあつたこと、

(ロ) 昭和二八年十月頃、訴外会社の経営する建物に隣接して存在する、当時訴外会社所有の本件土地上に映画館を建築し、訴外会社の別会社として両国興業株式会社を設立してその映画館経営をさせる話が訴外会社にもちあがり、その資金獲得は本件土地を担保に供してなすべき田島一郎の計画意見を近藤信子、須藤孝子も諒承し田島一郎は訴外会社の代表者として被告に対し融資方を申入れ、種々交渉の結果昭和二十八年十月二十二日、前顕甲第九号証(写)、乙第五号証の契約書が一応作成され、訴外会社から確実に本件土地の担保提供がなされゝば、被告は金五百万円の融資について確定的契約をなし融資をなしてもよい旨の了解に達する迄にいたつたこと、

(ハ) 訴外会社取締役田島一郎は、できるだけ早く資金を獲得したき所存から、同月二四日頃、被告から登記用委任状の交付をうけ、且つ、右契約書において債務者とされている両国興業株式会社は未成立であつた関係から、訴外会社を債務者兼担保提供者とする本件(イ)の登記原因記載の通りの根抵当権設定契約を原因として、本件土地に根抵当権設定登記をなすことゝし、共同代表者たる近藤信子、須藤孝子も右登記原因のごとき根抵当権設定契約が訴外会社と被告との間に成立すべきこと、それに因る根抵当権設定登記がなされることを諒承して、この点たつき訴外会社の共同代表者右三名間に合意成立の上、田島一郎は、近藤信子から乙第十五号証の一、須藤信子から、乙第十七号証の各右登記用委任状の交付をうけ、自己の登記用委任状(乙第十六号証の一)と共に、適式の手続を以て、本件(イ)の登記を終つたこと、

(ニ) 而して、右登記完了後、昭和二十八年十月二九日田島一郎は、本件土地の右登記申請書(登記済の記載ある)(乙第二号証)、本件土地の登記済権利証(乙第六号証)、を被告方に持参し、本件土地につき、既に本件(イ)の根抵当権設定登記の終了していることを告げその登記原因のごとき、根抵当権設定契約により金員五百万円を訴外会社に貸与されたき旨を既に前記のごとく、訴外会社共同代表者間で成立している合意に基き申込み、被告はこれに応じ、こゝに、本件(イ)の登記原因記載内容の根抵当権設定契約が成立すると共に、被告は同日から、昭和二十八年十一月十一日迄の間に、金五百万円を訴外会社に貸与したこと、

(ホ) 而して、須藤孝子は自からも、被告及び、被告の代理人と面接し居り、近藤信子は当時産前、産後(昭和二十八年十月二十八日分娩という)の状態にあつたが、右金員貸借成立のことを了知し居り、資金獲得をよろこんでさへ居たこと、

(ヘ) その後、昭和二十八年十一月十三日本件(イ)の登記原因たる手形割引根抵当権設定契約につき公正証書が作成され、その際田島一郎、須藤孝子は出席し、公正証書に訴外会社共同代表者として署名捺印したが、近藤信子は不出席のため、同席の訴外会社職員小野山樹子が、田島一郎にいわれて、近藤信子の署名、捺印をしたこと、

而も、近藤は当日公正証書の作成されることは承知していたものであり、爾後、昭和二十九年八月二十四日、被告から代物弁済による本件土地の所有権取得の意思表示があり、東京地方裁判所昭和二九年(ワ)第一一、二六八号土地所有権移転登記請求事件の訴訟発生に至る迄、訴外会社、又、近藤信子からも、本件(イ)の登記、右公正証書作成に関し、何ら異議等なく打ち過ぎてきていたものであること、

を認定することができる。

右認定に反する甲第十四号証(近藤信子の調書)、甲第十五号証(田島一郎の調書)、証人田島一郎(一、二回)、須藤孝子の各証言は、右採用証拠に比照し、又その各記載の供述内容その供述態様、各証言の内容、その証言態様、及び弁論の全趣旨に徴し、俄に措信しがたいところである。(尚当審では近藤信子は病状悪しとのことにてあらためて取調しなかつた。)

他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

(3)  以上の事実によれば、本件(イ)の根抵当権設定登記の原因に符合する契約は、被告と、訴外会社間に(訴外会社は、共同代表者の一人田島一郎を介して全共同代表者が、既に成立していたその共同代表意思を被告に対し表示する前記間接形式によつた)、昭和二八年十月二十九日有効に成立していることが認められる。

本件(イ)の登記は有効に成立した登記原因を有する、有効なる登記と認むべきである。

四、(原告の再抗弁につき)

(一)、原告は、被告が、訴外会社に対し昭和二九年八月二十四日到達の書面を以て、本件(ロ)の仮登記にかゝる代物弁済を選択し、代物弁済による所有権取得の意思表示をすることにより、本件根抵当権を放棄したか、或は右選択権行使により、本件根抵当権は消滅したと主張するが、成立に争のない甲第五号証、第十号証により、被告が右意思表示をなしたことは認められるけれども、それにより直ちに被告が本件根抵当権を放棄したことを認めしむべき証拠は何も存しない。

而も、被告所論の通り、代物弁済による所有権取得の意思表示をなすも、これを以て、完全に代物弁済の効果が生じ終るものではなく、殊に土地所有権の代物弁済のごときにあつては、移転登記完了迄は、第三者に対抗し得る、所謂完全なる所有権を取得し得るものではないから代物弁済も、なし終つたということにはならない。そこで、右弁済の効果の完全なる発生迄は、根抵当権が消滅するものではないと解すべきものである。而も、殊に本件においては、結局、原告主張の別訴において、被告は敗訴確定し、代物弁済の目的を遂げられなかつたことは当事者間に争ないところであるから、原告の右根抵当権消滅の主張は採用できないところである。又原告主張の禁反言の原則の主張についても、当裁判所はその立論自体すでに採用することができない。

(二)、原告は本件根抵当権の被担保債権たる被告の手形上の権利は時効消滅しているから、本件根抵当権は消滅していると主張するところ、原告は、訴外会社から、本件土地の本件根抵当権附所有権を取得した第三敗得者の地位にあるものであるから、原告自から、その主張のごとき時効の援用をなし得る当事者の地位にあるものではないと解すべきである。

そこで爾余の判断をまたず、原告の時効の抗弁は採用できない。

(三)、以上、原告主張の再抗弁はいずれも採用できない。

五、以上の次第にて、本件(ロ)の仮登記の抹消登記手続を求める原告の本訴請求部分は理由があるから認容すべく、本件(イ)の根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める本訴請求部分は理由がないから棄却すべきものである。訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九十二条本文を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 後藤静思)

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